
アーセナル 優勝から二夜開けたわけですが、未だ全く実感がわかず、ふわふわした状況のさるです。
同じ気持ちの人多いんじゃないでしょうか?
なので、いまだ本心からウェーーーーーイできないっていう状況で…
この19年いろんなことがありました。
OT8-2事変だったり、FAカップ決勝ハルシティ戦をハルのゴール裏で見たことだったり、バクー決勝戦の深夜のレストランでチェルサポに席譲られたことだったり、が走馬灯のように流れては消えしているわけですが、
いやーーーーーーーそれにしても、長かったっすね。
前回の優勝が03/04インビンシブル伝説の無敗優勝ですから、そこから22年はそこそこ長い。
どれくらい長いかっていうと、その年に生まれた子が今大学卒業社会人1年生。
40歳だった人が還暦超えてるわけですから、そらぁ長いよって話で。(スパーズほどじゃないけど)
とにかく、今回の優勝、俺の今の率直な気持ちは
「あぁ、良かった…」
これです。
俺は特に優勝至上主義者ではないけれど、優勝してほしい理由が一つだけありました。
それは、「監督や選手たちが報われてほしい」。
特にアルテタは今シーズン優勝できなかったら窮地に立たされていたと思うし、自らの意思でチームを去ってもなんらおかしくなかった。
でもアーセナルがここまで来れたのは、間違いなくアルテタの功績以外の何者でもない。そんな最大の功労者がいなくなっていいハズがない。
むしろアルテタじゃなかったらここまでは来ていない。3年連続2位とか無理絶対。
そういう意味で、アルテタに続行してほしい気持ちのみで「タイトルを獲って欲しい。そろそろ報われてもいいだろ!」そう思っていたのです。
だから本当にテタさんには「ありがとう」より先に「おめでとう」を伝えたいし、選手も過密日程の中よくやったよ。ほんとうにおめでとう!!そしてありがとう!!
これが率直な気持ち。
もちろん優勝するまではアルテタアンチの人もいたことでしょう(このブログ読んでるあたおかにはいないと思うけど)。
でもいかにアルテタがアーセナルにふさわしい人物だったのか、今こそ、それも含めて振り返ってみたいと思います。
そして誰もいなくなった…リボーン新生アーセナル
自分がこのノースロンドンに移り住んだのは2007年の4月。エミレーツに通い始めたのが07/08シーズンの8月からですから、個人的には初の優勝と体験となります。
07/08シーズンは、リュングベリらベテラン勢の退団、そして“キング”アンリのバルセロナ移籍によって、最後のスーパースターまでもがチームを去った大きな転換期でした。
まさに「誰もいなくなった」ような状況の中、若手筆頭株のセスクを新キャプテンに据え新たなスタートを切った。まさにそれが“新生アーセナル”の始まりとなる記念すべきシーズンでした。
まさに若手のみでの再出発。そんな処女航海の船に同乗した俺は、27番のエブエをしょってエミレーツに通っていたわけですが、
この新生アーセナルが、しょっぱなからやってくれるんですよ。
破竹の快進撃で、2月末までわずか1敗のまま首位を独走。
このままタイトル獲得か!と思われた矢先、アウェイのバーミンガム戦で、FWエドゥアルドがマーティン・テイラーの殺人足裏タッコーをスネにモロに喰らい、解放骨折という大事故に見舞われるわけです。
この試合はドローで終えるのですが、この試合をきっかけにアーセナルは目に見えるように失速。12戦5勝2敗5分と振るわず、3位で優勝を逃します。
「怪我でチームが失速するなんて事あるか?」という人いるかもしれないですが、実際あの場面を見た人はわかると思いますが、選手たち全員顔面蒼白で、プレーどころじゃなかった。
これに関しては、いろんな選手が語っていて、SBのサニャも『あの後選手達は、とてもプレイなんてできる状況じゃなかった。あの事故を間近で見て、メンタルを病み、思い切りプレーすることができなくなってしまった…』と振り返っています。
今思えばあのシーズンが繊細一遇のチャンスだったかもしれないし、勝負にタラレバはタブーですが、もしあそこでタイトルを獲得していれば、また違った世界戦があったかもしれない…
でもこうしてアーセナルは、暗黒のZERO年代に突入していくのです。
キャプテンが毎年神隠し…暗黒のZERO年代
アーセナルが暗黒期に入った理由の一つ、それが新スタジアムの建設です。
アーセナルは04/05シーズンまで、キャパ38,500人のハイバリー・スタジアムがホームでした。
しかし、クラブの今後のことを考えた場合、ゲート収入を無視することはできない。そこでもちあがったのが新スタジアムの建設です。
当時の監督だったヴェンゲルの意見も数多く取り入れられ、ピッチサイズはハイバリー時代よりさらに拡張。収容人数も60,700人規模となり、ゲート収入は大幅に増加しました。
こうしてエミレーツは、クラブの新時代を象徴する、イングランド屈指の近代的スタジアムへと生まれ変わったのです。
ですが、もちろん良いことばかりではありません。
建設費用をクラブが負担したことで、アーセナルは多額の負債を抱えることになります。
以降アーセナルは、その返済と向き合いながらの運営を強いられ、毎年のように厳しい財政状況の中で舵取りを行うこととなるのです。
毎年のように主力選手がドナドナされるだけでなく、キャプテンまで毎年神隠しに会う異常事態。
先ほども言った通り、07/08シーズンのアーセナルは、キャプテン・セスクを中心に、ロシツキ、フレブ、フラミニら“スパイスボーイズ”の躍動によって前進していました。
ですが、その輝きも長くは続かず。
翌シーズン、フレブとフラミニが相次いで移籍し、“スパイスボーイズ”事実上の解散。
今でも覚えてますよ。移籍前の最終節のベンチで、どこか吹っ切れたようにニヤニヤしていたフレブとフラミニの姿を…
あの光景こそが、ひとつの時代の終わりを物語っているようでした。
それはまさに、短い春だったのです。
そして2011年、キャプテンだったセスクもバルセロナへ移籍。さらにその翌年には、キャプテンマークを受け継いだファン・ペルシまでもが、リルボーの助言によりマンチェスター・ユナイテッドへ逝くなど、まさに「そこに愛はあるんか?」と問いかけたくなるような、とんでもない“主力大流出時代”が到来するのです。
アーセナルのロマン枠
そんな中最後の最後までクラブに骨を埋めてくれたのがトーマシュ・ロシツキー、ロッシーでした。
後ろ髪なびかせて、ピッチを疾走する姿は今でも忘れられません。
出待ちでも誰にでも優しくてねぇ。

感謝しても仕切れない選手の一人。
そしてやはり当時のロマン・アーセナルを象徴する選手は、俺たちのアブさん、アブー・ディアビをおいて他にはいないでしょう。

デビューして間も無く、黒猫のど素人のタッコーを喰らい足首全治7ヶ月の大怪我。
そこから始まる辛く長いリハビリ。
気づいた頃には10年間、彼はコルニーの室内練習場で過ごしていました。
他のクラブならとうに放出されていたと思う。
でもね、時折魅せるヌルドリは天下一品。他の追随を許さない推進力で我々の度肝を抜いてくれました。

だから待った。みんな待ったんだよ。
でも一番待ったのは、ボスである、アーセン・ヴェンゲルだったと思う。
ずっと諦めなかった。10年間ずっと。
選手を駒のように扱う風潮があるけれど、「アーセナルは人として扱う」を徹底していたクラブでした。
能力や結果だけでなく、その背景や成長過程も含めて向き合う文化。その流れは時代を経ても完全には途切れてはおらず、その価値観は、アルテタ体制においても形を変えながらも、確実に受け継がれています。
選手を戦力としてだけでなく、一人の人間としてどう成長させるかという視点がチーム作りの根底に置かれ、その積み重ねが、単なる強さではなく “継続して戦える集団”へとつながっているのです。
プレミア金満時代到来
アーセナルの借金問題と時を同じくして、2003年アブラモビッチがチェルシーを買収し、“金でタイトルを獲るクラブ” が爆誕。
それにより、移籍市場のインフレが始まり、「選手を育てる」より「完成品を買う」文化が加速。さらに2008年以降、シティの完全金満化が最大の転換点となり、巨大資本で世界トップ選手を集める構造が完全加速していきます。
そんな中、スタジアム建設の借金返済で移籍資金が制限されるアーセナルは、その流れには一切乗れず。
特に2005〜2012あたりは
「中心選手がキャプテンになる」
「数年後にビッグクラブへ流出」
このサイクルが繰り返され、まさに“キャプテンが去って時代が変わるクラブ”になっていた時期でした。
かといって、その移籍金でスーパースターが来るわけでもなく。
なんたって「GKチェフのみの夏 」って年もあったくらいで(そんなことある!?)。
そらそうなんすよ。借金返さないといけないんだから。
そこで出てくるのが、謎のフレンチコネクション。
「どっから見つけてくんの!?」っていう謎のフランス人選手を多数獲得していくわけです。
のちにキャプテンとなるCBのコッシーを筆頭に、ジウビーニョ、サノゴッチ、シャマフ、シルベストル、ドビッシーもいたなぁ。武闘派コクランなんて最高だった!
でもやっぱ、スキラッチ総統のスキラッチ演説!

とにかく毎年毎年未知なる強豪が襲来し、情熱とドキドキが止まらないよね!!っていう状況だったし、みんな愛すべき選手でした。
そこにプラスして、若手も多数入団。フラン・メリダ、イグナシ・ミケル、トーマス・アイスフェルト、ジェフ・レーヌ=アデレードくん、そして後にWC覇者となるGKマルチネスなど、10代のスーパー青田買いも横行。
こんな薄氷の状況の中、多額の借金返済しながらずっと4位を死守し、CL圏を守り続けてくれたヴェンゲルは間違いなく名将中の名将でした。
しかしそんなボスの魔法でも如何ともしがたい状況が訪れます。
それが2011年の「OT 8-2事変」です。
「OT 8-2事変」とパニックバイ
アーセナルは22–23、23–24、24–25と万年連続2位を記録し、Second Place FCというありがたい称号ゲッツ。
さらに、「セットピースFC」「PGMOL FC」「Netflix FC」「Next Season FC」「肝心なところでコケる“Bottlers FC”」後は「VARsenal」などなど、数々の皮肉と愛称を浴び続け、挙げ句の果てにはシティの“水飲みおじさん”まで参戦した今シーズン。
今振り返れば、その全てが“この瞬間”へ繋がる壮大な伏線でした。
そして今回、アーセナルはその伏線をすべて回収し、ついに頂点へ辿り着いた。
……とはいえ、本当の意味での伏線は、間違いなく2011年、「OT 8-2事変」直後の移籍市場最終日と言っても間違いありません。
あの日の“パニックバイ”こそが、後のアーセナルを語る上で避けては通れない転換点だったのです。
まず「OT 8-2事変」から。
この惨劇の理由は、主力の流出と野戦病院。
この年ファブレガスがバルサへ、ナスリもシティに移籍した直後の試合で、中盤の核が同時流出。しかも代役整備が不十分な状態で開幕を迎え、さらに怪我人が続出し野戦病院の様相で、若手+αの即席編成でした。
どれほど人手不足だったかというと、この試合では、直後に移籍することになるアルマン・トラオレが左SBで先発。
実はこれ相当異常なことで、通常、移籍の可能性がある選手は、怪我による価値下落を避けるため、クラブは基本的に起用を避けます。にもかかわらず先発で使わざるを得なかった。あの時のチーム状況がどれほど逼迫していたかは、それだけでも十分伝わると思います。
そしてこの試合で初先発くらいのジェン子パイセンとウォルコットが試合中激しく口論。そんなジェン子パイセンは赤紙くらって退場するなど、散々な状態。
とにかく、当時の先発・ベンチはかなり厳しく、若手多数 怪我人続出 経験不足 CB不足という緊急事態で守備ラインは完全に崩壊。アーセナルは8-2というトラウマ級の大敗を喫するのです。
しかしこの大敗のおかげで、フロントが動きます。
それが、今も語り種となっている、8-2直後の移籍史上最終日のパニックバイ。
これこそが「パニックバイ」がアーセナルの代名詞となったリアル・パニックです。
アーセナルは移籍最終日に滑り込みで5人獲得。
その中にいたのがミケル・アルテタとメルテザッカー(メルティ)でした。
そんなアルテタとメルティが救世主として現れ、のちのキャプテン、副キャプテンとしてヴェンゲルの右腕左腕となり、チームを救済してくれるのです。
選手引退式でのアルテタの涙は今でも昨日のことのように思い出します。
エミレーツで四方に手を振りながらの男泣き。

そんな男闘呼が、ペップの元で武者修行を行い、アーセナルに凱旋し、恩返しとばかりにメルティと共に二人三脚でここまでクラブを引き上げてきた。
アルテタの挑戦
テタさんも就任当初は、「タスクが多すぎて話にならないよ」と、長州調でこぼしていたとも言われています。
その“タスク”というのは単なる戦術修正ではなく、クラブ全体をもう一度「戦う集団」として再構築するための調整そのもの。
フロントの意思統一から、選手グループの再編、そして勝負の空気を取り戻す文化づくりまで、いわばピッチ外も含めた総合的な立て直しでした。
オーナーサイドは、クラブお抱えの弁護士と共に、若干毛色の違うサンレヒなど、事務方の人員調整を行い、選手編成においても、「このチームに王様はいらない。我々は全員で戦う」というアルテタの哲学のもと、個に依存するのではなく、組織として戦う集団づくりへと舵を切っていきます。
就任当時のアーセナルは、ピッチ内外の規律の揺らぎ、守備と攻撃の分断、リーダー不在、試合ごとのメンタルの波といった“チームとしての一体感の欠如”が大きな課題でした。
アルテタはまず、戦術より先に秩序と基準の再設定に着手し、内部からチームを変革していきます。
ここで求められていたのは、単なる戦術家としての能力ではなく、チーム全体を再構築できる“人間力”です。
監督交代さえすれば自然と強くなる、という単純な話ではなく、スクラップ&ビルドが必要な段階にあるチームは、それだけでは立ち直らない。文化、規律、基準、日常の積み重ね、そのすべてを一から作り直す必要がある。
その役割を全て担ったのが、アルテタなのです。
一度崩れたものをもう一度“戦う集団”として組み上げる作業は、戦術以上に時間も忍耐も必要とする。そこには結果がすぐに出ない時期も当然含まれるわけです。
いわば哲学者のような思考を持つ彼ですら、ここまで辿り着くには相当な時間と苦労を要したはずだし、実際結果が出るまで時間はかかった。それほどまでに、この再建は困難なプロジェクトだったと言えると思います。
そしてその改革は、クラブ・選手だけでなく、サポーターにも及びます。
「サポーターは12人目の選手」というアルテタの哲学に沿うように、クラブはスタジアム全体の空気づくりにも本格的に取り組んでいきます。
ピッチ上の戦いだけでなく、観客席からの後押しが確実に選手へ届く環境を整えることを重視し、サポーターとチームの一体感を高めるための施策を段階的に進めていきます。
その積み重ねが、スタジアム全体を“共に戦う場所”へと変えていく土台になっていきました。
その試みがこちら。
選手の入場トンネルの排除
ロッカールームを後にする選手たちに、ホームサポの熱狂を全身で浴びせ、彼らの士気を高めると同時に、敵チームへ強烈な圧をかける狙い。
コンコース内モニターでの試合映像配信を停止
ハーフタイム後や試合終了間際に席を立つ観客を減らす目的で、コンコース内モニターでの試合映像配信を停止。
アシュバートン・アーミー
これまで治安の悪化を懸念し、難色をしめしてきたウルトラの結成を認めたのも、アルテタの後押しがあったに違いありません。
また、選手の士気を高めるためにも、かなりの変更を行なっています。
まずは練習場。
アンフィールドで行われるリバプール戦前に、どデカいスピーカーを設置し、大音量のユルネバを浴びながらアゲアゲで練習していたことはつとに有名ですが、
最近では、トレーニングピッチの脇に高さ約5メートルのタイタントロンを設置し、その映像を確認しながら練習を行っています。
特にセットプレーの分析と再現に最大限活用されているようで、今のセットプレーFCがあるのもこのモニターのおかげといっても過言ではないでしょう。
また、練習場の各所にポジティブなメッセージを掲示したり、入口ホールには「空っぽのトロフィーのショーケース」を設置するなど、選手のモチベーションを高めるための施策を多数実施。
さらに、皆さんも『All or Nothing』で目にしたことがあると思いますが、試合前選手たちと共に手を繋ぎ「宇宙エネルギー」を生み出したり、

アウェイのロッカールームにアーセナルのバナーやエンブレムを掲げホーム感を演出、無意識のうちに選手たちに闘争心を植え付けるなど、ロッカールームでもアルテタのスピ系アイデアを多数導入。
3シーズン連続2位からの優勝は、間違いなくムー愛読者の可能性のあるアルテタのスピリチュアル思考の具現化なのです。
また、「ウィン君」という名のラブラドールのセラピー犬をマスコットにしたのも、選手のストレスを軽減し、かつチームの士気を高め、より家族のような雰囲気を作り出すためのアイデア。

そして極めつけは、新たなアンセム ルイス・ダンフォードの『North London Forever(The Angel)』の導入です。
このアンセムで、エミレーツの雰囲気は激変。戦うスタジアムへと変貌を遂げました。
アーセナルはこれまで何度も数々のアンセムを試してきました。
今も試合前にちらっと流れる『Good Old Arsenal』だったり、遡れば、エルヴィス・プレスリーの『The Wonder Of You』だった時期もありましたが、残念ながら、心の底まで響く“定番”にはなりきれなかった。
そのせいか、試合前のスタジアムはどこか物足りなく、サポーターの熱を“魂レベル”で選手に届けることができなかった。
しかし、『North London Forever』の登場で、すべてが変わった。
我々はついに手に入れたのです。
真っ赤な魂(ダマシイ)の唱を。
そしてこの曲の導入を提案したのもミケル・アルテタなのです。
アルテタと心中!エミレーツの雰囲気を劇的に変えたもの
エミレーツの雰囲気をさらに劇的に変えたもう一つの要素があります。
それがアマプラで放送されたアーセナルをワンシーズン追ったドキュメンタリー『All or Nothing』。
このドキュメンタリーにより、エミレーツがマジMAX変わった。
正直、アルテタは信じてるけど…大丈夫かね?
若いし、選手にナメられてたりしてない?
もし負けが込んだら、また別の監督かねぇ…
このような感じで、アルテタを懐疑的に見ていた人も結構いたと思います。
しかしこの映像により、全てが裏返った。
そらそーよ。
あのアルテタの本気度を見せられたら。
全てのサポが、間違いなくテタさんの熱量にやられた。
実際、このドキュメンタリー公開後のエミレーツ開幕戦では、試合前の雰囲気がまるで別物のように変化しました。
アルテタと心中。
皆、覚悟を決めたのです。
そして今回、全ての伏線を回収し、就任6年目での優勝。
「アーセナルとはドラマである。紆余曲折あってこそ、最高のカタルシスがあるのだ」
これは俺が常々思っていることで、アーセナルには人生を重ね合わせて見ています。
人生とは伏線の回収。生きてりゃ、順風満帆楽しいことバカリじゃない。辛いことや悲しいことなんていくらでもある。
でもいつかその伏線を回収し、笑える時が来るんだよ。
そしてついに、その時が来たのだ。
世間から長く嘲笑や批判を浴び続けてきた分だけ、その先に訪れるカタルシスはより大きなものになる。
積み重なった評価や逆風が強いほど、到達した瞬間の意味はどでかく増幅され、単なる勝利ではなく「物語の回収」として記憶されるものになる。
今こそ、みんな、存分に笑顔になってほしい。
それが我々に与えられた最高の特権なのだから。
そしてこれは『アーセナル』という壮大な物語。
ヴェンゲル時代がシーズン1だとすれば、差し詰めアルテタ就任から優勝までがシーズン2。
そんな物語のシーズン2も、今月で終わりを告げようとしています。
最終回では是非立派になった息子達を、父である、アーセン・ヴェンゲルに見届けてほしい。
それこそが最後の伏線回収であり、最高のカタルシスではないか。
そう思うのです。
俺の原点「OT8-2事変」
ちょっと話は戻りますが「OT8-2事変」こそアウェイサポ史上一番愛が試された死合でした。
試合は大差がつき、内容的にも厳しいものだったにもかかわらず、アウェイスタンドは最後まで席を立つことなく、選ばれたチャントは「We Love You Arsenal」一択。
目の前で失点が重なっても、誰一人帰ることなく、その声が途切れることはありませんでした。
結果以上に印象的だったのは、あの状況でもクラブを支え続けようとするアウェイサポの姿勢でした。まさにそれこそがサポの在り方そのものを象徴する場面でした。
あの試合は、単なる大敗ではなく、「サポーターとは支え続ける存在である」という感覚を強く刻み込んだ、愚ーナーとしての俺の原点なのです。
そしてそれは、ただの悲劇ではない。
間違いなく“美しい敗退”だった。
あの瞬間があったからこそ、今がある。
そう思うのです。
とはいえ、
オレはいまだに実感が湧いていません。
ずっと「2位じゃダメなんですか?(蓮舫調)」 も準備しテタし、
俺、マジで最終節シティに大逆転されると思ってますからね。
シティが4ポイント盗るとか、うちが謎に10ポインツ引かれるとか。なんかあると思ってる。
なのでとにかく、最終節のパレス戦を見届けたいと思います。
そこでのカップリフト見るまでは、ふわふわした感じでいると思う…
それとパレード。これも実感させてくれるイベントになるに違いない。
ここにはライト師匠だけじゃなく、この22年間ずっと共に戦ってくれたレジェンドたちにも全員来て欲しい。(ジャックのメガホン要員はマストで)
そしてもし願いが叶うならば、ルイス・ダンフォードの生歌と共に「North London Forever」を歌えたら最高じゃないか。
「The Arsenal」とは何か?
最後に、改めてディアビの話の続きをさせてください。
ディアビこそが「アーセナル冬の時代」を象徴する選手でした。
ディアビの復活とともに、アーセナルに春が訪れるのだと。
そう思っていました。
しかし現実は厳しいものだった。
出場回数、9年間でわずか180試合。
そんなアブさんが退団した2015年2月のブログ記事です。
ビジネスを重んじるクラブにおいては、あっという間に吹けば飛ぶような存在だったアブさんを最後まで全力で守り抜いたヴェンゲルの姿勢。
これを「ロマン」と呼ばずして、なんと呼ぶというのか。
近年、「マネーフットボール」に侵食され、億万長者のマネーゲームとなりつつあるフットボール界において、リアルを一切追求しないその姿は、他のクラブサポの目にはさぞや滑稽に映ったことでしょう。
未だ過去の栄光を引きずるロマン主義者であると。
しかし「負けたのは全て選手のせい」という、自らのプライドを優先する監督が跋扈する昨今、攻撃の矢面に立ち選手をかばい、教え子との信頼関係を一番に考える。
そんな監督、今時いんのかよ?
いや、いたんだよ!アーセナルに。
それがアーセン・ヴェンゲルなのだ。
この先一生ELかもしれないし、タイトルなんか縁遠いクラブかもしれない。
ワールドクラスの選手なんてもう来ないかもしれない。
同じポジションが全員離脱の、怪我人続出ネタクラブかもしれない(もちろんメディカルは何やってんだ!?ってのはあるぞ一応!)。
でも、血の通った監督と選手の関係性を通じ、こうして物語を紡ぐことのできるクラブがいったいどれほどあるというのか。
瞬間風速的な一瞬の歓喜を求める人もいるだろう。
しかし、一話完結のドラマでは決して味わえない、奥深い人間模様やケチャドバなカタルシス。
それこそが「The Arsenal」なのだ。
俺は本当に、アーセナルで良かった。
俺も何も変わっちゃいなかった…
そしてついに我々の冬は明けたのだ。
アーセナルのDNAを受け継ぐ、ミケル・アルテタというヴェンゲル・チルドレンの手によって。
これこそが、「一話完結のドラマでは決して味わえない、奥深い人間模様や、ケチャドバなカタルシス」そのものではないか。
俺たちは「勝った負けた」のスポーツチームを応援しているんじゃない。
「アーセナルという文化」を継承するために存在しているのだ。
その継承者諸君、本当おめでとう!
今こそ全力で笑いあおうではないか。
そして俺は改めて
アーセナルでよかった。
COYG
夏が待ち遠しい。


コメント
同じ気持ちです。
猿さんのこの歴史の書き方、同じ光景を猿さんのブログとともに見てきました。
本当にその通り。
いつもありがとうございます。
これからもよろしくお願いします。